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  • 新規事業を任された「大学3年生」。畑 公人
    新規事業を任された「大学3年生」。畑 公人

    「自分が進むべき道」に生じた迷い。

    「日本の“英語教育”を変えたいんです!」。
    どうやって変えるのか。どうしたら変えられるのか。明確な答えは持っていなかった。そこにあるのは、熱い想いだけだった。「やってみたら良いんじゃないか」。意外なほどあっさり返ってきた言葉が“GOサイン”を意味すると気付くまで、若干の間があった。「え?!それって…」。「面白いじゃないか。やってみろ」。笑顔でチャンスを与えてくれたのは、MAXISエデュケーション・代表取締役の小宮山。そして、壮大なチャレンジをすることになったのが、畑公人。当時・大学3年生だった。
    2013年9月。畑は、MAXISエデュケーションのインターンシップ説明会に参加していた。インターンシップのテーマは【「教育×〇〇」をつくろう】。これまで業界の常識にとらわれない斬新な取り組みで、数々の注目と実績を重ねてきたMAXISエデュケーションならではのインターンシップだ。その日、説明会に参加するまで、畑の中では「英語の教員になる」というのが第一の目標だった。しかし、小宮山や他の社員の話を聞いて心が揺らいだ。「自分が進むべき道は“学校”ではないのかもしれない」。

  • 「これまでにない“英語スクール”を作る」。

    家族・親族に教員が多かったこともあり、自らも「いずれは教員に」と志すようになったのは、ある意味自然な流れだった。そして、小学生の頃から英会話教室に通い、中・高では英語教育の在り方に疑問を感じていたことから「英語の教員」になり、自分の手で理想の英語教育を実現したいと考えていた。その想いが揺れた理由。それは、“学校”という、ある程度マニュアル化された組織の中で、力も経験もない自分が何かを成し遂げようとしても、相当な時間がかかるだろうという懸念と、その対極にあるかのように、学生である自分に大きなチャンスを与えてくれるMAXISエデュケーションの懐の深さに惹かれたからだった。このまま教員を目指すとなると、免許取得のために残りの学生生活の多くの時間を割くことになる…。畑は悩んだ末、“最短ルート”で自分の願いを叶えられる道を選んだ。
    教職への道は捨てた。就活のことを考えるのも辞めた。「これまでにない“英語スクール”をつくる」。ただ一点だけを見据え、畑は走り始めた。対象は、小・中学生。開校予定は2014年2月。まずは、サポート役となった本社・経営企画室の先輩社員と共に、スクールの“核”となるカリキュラム作成のための話し合いを重ねた。「こういうアイデアはどうでしょう?」「それって、本当に子どもたちの役に立ちますかね?」―2人で40~50冊の専門資料を読み漁り、徐々にカリキュラムを形づくっていった。

  • ようやく立てた、スタートライン。

    「やっぱりこれじゃあダメですね…」。プロジェクト開始から2ヶ月。このまま上手くいくかに思えたカリキュラム作成を、一旦ゼロベースに戻すことにした。「これで本当に生徒が満足し、確実に力もついていくカリキュラムなのか?」と自問した時、自信を持って頷けないと感じたからだ。「やるからには、絶対に妥協はしたくない」。畑の想いに、先輩もとことん付き合ってくれた。同時に進めなくてはいけなかったのが、Webサイトの制作と生徒募集。Webサイト制作にあたっては、スクールのコンセプトやアピールポイントを、また、そこに込めた自分の想いを理解してもらった上でデザインしてもらえるよう、しっかりと考えをまとめた上で本社の専門チームに協力を仰いだ。生徒募集は、Webサイト上でも告知を行うが、最も効果が見込めるのは“ビラ配り”。スクールに通えるであろうエリアから数十校をピックアップし、さらに、保護者会が開催されるタイミングを見計らって保護者の方々へビラを配る。晴雨に関係なく各所へ出向き、笑顔でアピールし続けた。しかし…
    あっという間に月日は流れ、2014年2月。『ESL(English as a Second Language) club』として開校の日を迎えるも、生徒数はゼロのままだった。「せっかくここまでこぎつけたのに…」。どれだけ時間とお金と人手をかけて、自信のあるカリキュラムを用意したとしても、肝心の生徒がいないのでは話にならない。畑は、改めて自らのチャレンジの困難さを痛感していた。そして開校から2週間。初めてスクールの電話が鳴り響いた。畑がビラ配りをした校区の保護者の方からだった。「うちの中学1年の娘を、入れたいと思っているんですが」。喜び、安堵、興奮、責任…様々な感情が爆発的に込み上げてきたが、すぐに気を引き締め直した。「やっと、ここからがスタートだ」。

  • いつか、日本の英語教育を変えるために。

    その後も地道なビラ配りや口コミなどにより徐々に生徒数は増え、1ヶ月後には4名、半年後には20名、そして1年後には50名に達した。並の社会人以上に多忙な、激動の1年を過ごしてきた。当然、就活など行っている暇はなかった。むしろ、考えもしなかった。そこにはただ、想いのこもった新規事業をどうにか軌道に乗せ、一皮もふた皮もむけた、たくましい“大学4年生”の畑の姿があった。
    ―「学生の自分にこんな大きなチャンスを与えてくれるなんて、正直最初は“驚き”しかありませんでした」。現在、『ESL club』の事業責任者として、更なるサービス拡充と規模拡大に努める畑はそう語る。「ただ、その“チャンス”は、先輩方が積み重ねてきた利益から捻出されたものだと分かっていただけに、絶対にやり切らないといけないという義務感・責任感が途絶えることはありませんでした。それは今でも変わりません」。畑が感じている英語教育の課題。それは「学ぶ順番」と「学ぶ量」にあるという。理想的な順番は、読む・話す・書く。その一つひとつの能力にフォーカスした教育を、適切なタイミングで、適切なボリュームだけ提供する。そうすれば、仮に留学などしなくとも、ネイティブに近いレベルの英語をマスターできると考えている。現に、畑自身がそうであるように。「現在は個別のレッスンを行っていますが、いずれは集団レッスンを実現したい。それも、学校の授業のようなものではなく、毎回毎回が“イベント”のような。イベントって、楽しければ人が集まるし、楽しくなければ集まらないじゃないですか。そんな、楽しくて刺激的な真剣勝負ができる場を、つくっていきたいと思っています」。日本の英語教育を変えるための挑戦は、まだ始まったばかりだ。

    畑が立ち上げた「ESL club」の生徒数は、毎年120%増を続け、遠方から新幹線で通う生徒がいるほどまでに成長。
    現在は、ESL clubの拡大を見据え、明光ネットワークジャパンに事業譲渡し、畑も独立へ。

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